先生と生徒

手にした一枚の紙をキツく握り締め、職員室の扉を開ける。
廊下の窓から差し込む春の柔らかな光がやけに痛く、思わず目を細めた。

自分が不甲斐なくて走り出したい気持ちを抑え、優等生らしく凛とした顔で振り向き軽く会釈。
「失礼しました」
中にいる教師に向けそう言うと扉を閉めてその場を後にした。


歩きながらシワになった紙を広げる。
そこには先日行われたテストの結果が記されていた。
恐らく一般的にはかなりの優秀な成績であろう点数の数々だが、蔵馬の顔は晴れない。
「バカだな俺…」
誰もいない廊下を進み似つかわしくない台詞をポツリと呟く。
静かな放課後は小さな独り言もやけに響き、思いの外自分の耳に大きく届いた。

それがより一層自分のバカさ加減を思い知らされるようで、
蔵馬は鼻の奥がつんとなるのを感じた。


たかがテストでこんなにも落ち込むなんて…。
いや、落ち込んでるのはテストの結果そのものではない。

頭の中に浮かぶ想い人の姿。

おそらくこれから会うであろうその人の事を思うと、本当に自分が情けなくて涙が出そうだった。


現実から目を逸らすように手にある紙を小さく折り畳み、ポケットに仕舞いこむ。

重い足取りのまま、蔵馬はいつものようにコンビニへと急いだ。



******

こんな日は何をやっても上手くいかない…
暗い顔で棚に商品の補充をしながら出る溜め息。

今日は失敗の連続だった。

お釣りを間違え客に指摘され、コーヒーの注文を間違え、挙げ句溢してしまう始末。
あまりの失敗ぶりにパートナーの店員に体調を心配され少し休めと下げられる程だった。


僅かな休憩をもらい、気合いを入れて店に出てからは失敗はないが落ちた気分は浮いてはくれず…
このままでは勘の良いあの人に気づかれてしまいそうで。

手にあるおにぎりを棚へ並べると足早に手洗い場へと向かった。
蛇口を捻り勢いよく水を出して顔を洗う。
この季節の水はまだ肌に冷たく
「よし…」
顔と一緒に心も引き締めた。


ポケットから出したハンカチで顔を拭いながら店内にある時計を見上げる。

時刻は午後9時前。
そろそろあの人が来る。


蔵馬はいつもの行動を取った。




自動ドアの開くメロディが流れ蔵馬は音のする方へ顔を向けた。
「いらっしゃいませ。お疲れさまです、飛影先生」

待ちわびた人へ、いつもの挨拶。

「あぁ、お前もな」
そしていつも通り返ってくる台詞。


いつもここで繰り返されるこのやり取りは二人だけのもの。

二人だけの…


その幸せを蔵馬は改めて噛み締めた。
コンビニでのこの時間が、今の自分の全てなのだ。


ホワイトデーに飛影に出された『宿題』の答えを蔵馬は未だ言えずにいた。

もしかしたら先生も俺の事…


そんな都合の良い答えを果たして教師である飛影が受け入れてくれるのか…

『お前が出した答えならどんな答えでも正解だ』

確かに飛影はそう言ったが、

だからと言って『先生も俺の事が好き』が正解とは限らないのではないか。
ただ単に自分を慕う子供に対して大人の優しさを見せているだけなのかもしれない。


時間が経つにつれそんな考えに至ってしまい、つい先延ばしにしてしまっていた。


それでも飛影は相変わらず毎日コンビニへ来る。
相変わらず優しくて。
少しだけ距離も縮まったような気がして…。

間違った答えを言ってこの時間を失うのが怖かった。

なのに…


「…今日は少し遅いですね。お忙しいですか?」
エプロンの端をギュッと握り締め、心の中を悟られないように他愛の無い会話を続けた。

「あぁ…新年度だからな…。少しバタバタはしてる。
クラスはそのままだがな。」
言いながら酒の入っている棚の扉を明け飛影がビールを取り出す。


あ…今日はビール…。
お疲れなんだな…。


飛影の行動を見て蔵馬は思った。


飛影は仕事で疲れているときはビールを買うことが多かった。
逆の時はチューハイ。
週末はゆっくり楽しみたいのか日本酒が多い。


飛影を見続け、会話の一つ一つを拾い得た情報。
それが増えるのが嬉しくて…
そして少しずつ近付いている距離もまた嬉しくて。
ついバイトの日数を増やしてしまっていた。

「お前はどうだ?」

「はい?」

「新しい学年には慣れたか?」

飛影の問いに僅かに心臓が跳ねるのを感じる。
優しい言葉が今は辛い。

「はい、大丈夫です。有難うございます。」

にっこり微笑みいつものトーンで返す。

大丈夫だ。
いつものように出来てる。


自分の振る舞いに安堵し軽く会釈をすると、蔵馬はレジに立つ客の対応へ向かった。




やたらと疲れるバイト時間を終え、タイムカードを切った。
明日は早めに来て店長である黄泉に会わなければいけない。
そう思うと憂鬱で、裏口の扉さえ重く感じた。
その重い扉を開け裏路地を進み、店の表へ続く大通りへ。


心臓が

止まる思いだった。



「なっん…で…!?」
驚きのあまり責めるような言葉が口を衝いた。
店の前に設置してある灰皿の前、いつかのように煙草を片手に飛影が立ち蔵馬を待っていたのだ。

「見てれば判る」
紫煙を吐きつつ答える飛影のその言葉が、さらに蔵馬を自己嫌悪へと導いた。

得意だった筈のポーカーフェイス。
それが飛影には全く発揮できない。
どれだけ自分は不甲斐ないのか…。


「帰るぞ」
言葉が出てこない蔵馬を気遣うようにそう告げると、飛影は煙草を灰皿に押し付け蔵馬の家の方へ歩き出した。


情けなさと嬉しさで溢れそうになる涙を堪え、蔵馬も足を進めた。




********
二人で歩くのは二度目だった。

あの時も静かな帰り道だったが、蔵馬は嬉しそうに飛影の隣を歩いていた。

二度目の今、少しくらい慣れても良いはずなのにあの時と同じように会話は無く、そして飛影の隣に蔵馬はいない。


飛影はチラリと視線を後ろへ向けた。

自分の隣に来ようとしない事を少し不満に思いつつも、俯き加減に歩くその姿に思わず苦笑いさえ出てきてしまう。


何があったか知らんが… あれで隠したつもりだったのか…。


飛影がそう思うくらい、蔵馬の様子はいつもと違ったのだ。
だがそれも、いつも見てるからそう思うだけかもしれない。

苦笑いは自分自身に対しても出てきたものだった。


正直、自分の受け持つ生徒でもここまで判る自信はない。
判ったところでここまで関わることがあるかどうかも疑問だ。

でも、蔵馬は…。

もう放っておける存在でもなかった。



住宅街に差し掛かり、タイムリミットが迫ってきた。
この時間帯はどの家も静かで、より一層沈黙が重くのし掛かる。


僅かばかりの教師としての理性を頼りに、飛影がその沈黙を終えた。

「何か、あったんだろ」
そんなことはないと言わせないように、敢えて決め付ける言い方をした。


蔵馬も飛影にそんな言い方をされたら違うとは言えず…
覚悟を決めたようにポケットにしまったままの紙を取り出した。

「これ…を…」
蔵馬に差し出され、飛影は足を止めて受け取る。

夜道では見辛く、少し先へとある街頭の側へ行きシワになった紙を開いた。


そこにあったのは素晴らしい成績のように思え、飛影は怪訝な顔を蔵馬へ向ける。
少し離れた場所で俯く蔵馬は飛影のその表情を伺い知る事はできず、緊張した面持ちで飛影の言葉を待っていた。


「これのどこにそんな顔をする理由があるんだ?」
率直な意見だった。
いくら盟王といえど、この成績が悪いはずがない。

「順位を…落としてしまって…

バイトの許可を頂いたときの約束なんです…。5位以内に必ず入る…と。」


なんと…

飛影は驚きのあまり言葉を失った。


蔵馬の通う盟王高校がハイレベルな進学校だということはもちろん知っていたが、まさかここまでとは…。
もし自分のクラスの生徒がこの成績を取ったならば誉めちぎってやるのに。

「俺、特待生で入ってて…
特別に許可をもらってたんですけど…」


なるほど…

声には出さずに納得した。
あのテの学校がバイトの許可を出すのは余程の事情でもない限り無いものだ。
まして特待生なら尚更。

バイトの無い日、学校の授業…蔵馬がどれだけ努力して成績を維持してきたのか…
その姿を見なくても容易く想像できる。

でもそれも限界が来たということ…。


「で、辞めるように言われたのか…?」

「…っ…はい。」
喉を詰まらせた返事。

飛影に自分のことを頑張れと言われたのに。
参考書まで貰って、メールまで許してくれて…いつでも質問しても良いと言ってもらえたのに…

つい欲が出て飛影との時間を優先してしまった。
こんなこと、飛影が望んでるわけでもないのに。

情けなくて申し訳なくて…
蔵馬は唇を噛み締めた。


「俺の…せいだな…。」
ポツリと呟いた飛影の言葉が蔵馬の心に突き刺さる。

「ちっ違います…!俺の、…努力不足です。」
もう涙声だった。
それだけは、そんなことだけは思われたくなかったのだ。

飛影にそんな風に思われるくらいなら、努力が足りないと、何をしてるのだと責められる方が何倍も良い。


でも、蔵馬の必死の否定も飛影には通用しなかった。

飛影には心当たりがあったから。
少し前まで蔵馬は平日にも休みがあった。
テスト前だと言って休みを取ったと聞いたこともある。

でも年明け以降、そんな日が少なくなっていた。
土日に見かけることもたまにあったくらいだ。

それが自分と会うためだと飛影は認識していた。
していたのに…

飛影もまた蔵馬との時間が、そう思ってくれることが嬉しくて…
勉強に差し支えないようにと忠告することを怠った。

自分の、落ち度だ。
自分がもっと教師としての振る舞いをしていれば、蔵馬にこんな顔をさせることはなかったのに…。
もしかしたら『答え』を言うチャンスを伺っていたのかもしれない。

再び視線を成績表へと落とす。

改めて見ても、素晴らしい成績だ。

順位を落としたとはいえ、これだけの成績を取ったのだから蔵馬が努力をしていたことは充分に評価できる。

せめて自分だけは評価しなければ。
素直にそう思えた。


「成績が戻れば…また許可は下りるのか?」
手にしていた成績表を蔵馬に返し問い掛ける。

「はい…来月のテストで戻れば…
でもそれまでは…バイト…休まなきゃ…」
自信がないわけではない。
一ヶ月も飛影に会えないと思うとたまらなく寂しいだけ…。

蔵馬のそんな思いは当然飛影にも判った。
でもここはやはり言わなければ…
これは、教師として。

「そうか…。
だが、お前の本業はそっちだ。
バイトは差し支えないようにやれ。」


「…はい…。
でも俺…先生に……」
会いたかった…。


言葉にできない想いも当然飛影には伝わった。

言えば困らせるだけ。
判ってる。


受け取った成績表を見詰める蔵馬の瞳が揺らいだ。
溢れそうになる涙を必死に耐えている。


自分を想うばかりの言動…

飛影の鼓動が警鐘を鳴らように早まる。


止めろ…
やめておけ。
それはやりすぎだ。
コイツは俺の生徒では…


「テストまで…土日の夕方…空けとけ」

「…?」

「俺の母親が塾を経営してる。
そこで俺が勉強を見てやるから…」

「?!」

「だから…そんな顔するな。」



驚きで瞳を大きく見開く蔵馬の顔を飛影は見ることが出来ない。
激しい自己嫌悪でどうにかなりそうで…


勉強を見てやるだけだ。別にやましいことじゃない。
コイツの成績が下がったのは俺のせいだ。
だから責任を取るだけだ。
これも教師として、だ。


無理矢理正当化することに必死だった。


驚きで言葉が見つからないのか蔵馬は何も言わない。
再び訪れた沈黙。
静かな夜道、小さな風で擦れる木々の音でさえ騒がしく感じた。


途端に込み上がる後悔…。
でももう…後には引けない。

引きたくはない…が正しいのかもしれない。

一ヶ月も会えない事が嫌なのは、もうどうしようもなく飛影も同じなのだから。


「バイト…休めよ」
念を押すように再度告げた。

「あ、の…ホント…に?」
絞り出した声は上擦って、思うように出てこない。

「行くぞ」
あまりに気恥ずかしく、固まったままの蔵馬を置いて歩き出した。

その背中を慌てて追う。
でもやはり隣には行けず、飛影の少し後ろに…。
早まる鼓動を抑えるように胸に手を当てた。成績表をきつく握り締めて。


ホントに…?
ホントに先生に勉強をみてもらえるの?


少しだけ羨ましかった。
飛影と勉強が出来る生徒が。
でも自分には叶わないことだと諦めていた。


一ヶ月の間、週末だけだけど、
『お客様とコンビニの店員』ではなく『先生と生徒』になれる。
また別の時間を作れる。



明日、コンビニに行って 一ヶ月休まなければいけないことを黄泉に伝えるつもりだった。
シフトを穴を開けることも、休む理由をいうことも、そして飛影に会えなくなることも…
何もかも憂鬱だった。

でも…

(顔…緩めないように言わなきゃ…)

嬉しくてどうにかなりそうな、こんな気持ちを抑えられるだろうか…

そんな不安に変わっていた。



相変わらず自分の後ろをピョコピョコ歩く蔵馬を、飛影はまたチラリと見た。
先程同様言葉はなく、地面を見詰めたまま歩いている。

だが表情は初めて歩いたときと同じ…
ほんの少し頬を赤らめ幸せそうな、そんな顔…。



視線を前へと戻し、飛影は蔵馬に気付かれないように一つ溜め息を漏らす。


沸き上がる自己嫌悪と後悔を捨て去るように。




to be continued…



拍手有難うございます~ヾ(*´∀`*)ノ♥ワーイッ
続きも頑張ります!!
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

大好きなコンビニ愛アップありがとうございます!!!(∩´∀`)∩
バイトをやめなきゃいけないことを告げるシーンから、素直に「会いたかった」が言えないシーンなど思わず涙しました(´TωT`)
ちょうどリアルに流してた曲も切ない系で…すごく入り込んでしまいましたw
続き楽しみにしてます~♪

Re: とあさん~♡♡♡

きゃあああああ~
コメント有難うございます~
☆・゚:*(人´ω`*)ぅ。れ。し。ぃ。。

大好きなコンビニ愛…だなんて…(*>ω<*)テレルー
本当に嬉しいです!!

何分小説はど素人で…語彙力も無いものですから上手く表現出来ないのですが…
蔵馬くんの心情を感じ取って頂けて嬉しいです!!
これはもうとあさんの読解力…( ̄▽ ̄;)


やっとこさコンビニ以外で二人きりの時間…
続きも頑張りますので、また見てやってください(*^-^*)
プロフィール

舞彩

Author:舞彩
名前/舞彩(マイ)
生年月日/19××年2月3日
出身地/一番人口の少ない県
趣味/飛蔵(蔵飛も少々)のお絵描きやお話し作り。カラオケ。冬限定で編み物。ダイエット(悲しすぎる趣味)
好きなモノ/飛影と蔵馬!!
チョコレート。和菓子。メロンパン。カフェオレ。紅茶。通販雑誌(見るだけってやつ)
嫌いなモノ/カメムシ(殺虫剤で死なない恐ろしい虫!)、カエル、シイタケ、グリーンピース
幽白歴/約22年。昔と変わらず(それ以上?)今もこの作品、そして飛影と蔵馬を愛しています!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
カテゴリ
本日までのお客様
リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR